大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)71号 判決

鳥取県岩美郡岩美町大字大谷一七〇六番地

上告人

鳥取県錦鯉養殖漁業生産組合

右代表者理事

大西七郎

右訴訟代理人弁理士

松田喬

東京都千代田区岩本町一丁目六番三号

被上告人

日本スピルリナ株式会社

右代表者代表取締役

深尾孝

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一三三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年二月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田喬の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第七一号 上告人 鳥取県錦鯉養殖漁業生産組合)

上告代理人松田喬の上告理由

一 上告理由第一点とするところは原判決は「理由二2無効事由〈1〉について」として、次の判断を示している。

「2無効事由〈1〉について

原告は、本件発明な単なる「発見」であって「発明」として成立していないと主張する。

確かに、スピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマがある種の生体に対して色揚げ効果を有すること自体は自然法則にほかならないが、スピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマがそのような効果を有することは当業者にとっても自明の事項とはいえない。そして、本件発明は、スピルリナプラテンシス「及び/又は」スピルリナマキシマを「赤色系錦鯉等」に対して「給飼」すること、換言すれば、スピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマを、組み合わせて、あるいはそれぞれ単独で給飼(発明の詳細な説明に即していえば、前記のとおり、「飼料に分散添加」する態様で給飼)する方法を採用し、しかも、飼育対象をカロチノイド系色素を有する錦鯉及び金魚のみに限定することを要旨とするものである。したがって、本件発明の方法には、単なる自然法則の「発見」を越えて、自然法則を利用した技術的思想の創作といい得る要素が含まれており、しかも右技術的思想が産業上利用できるものであることは明らかであるから、本件発明の特許が単なる「発見」に対してなされたものであるということはできない。

なお、原告は、本件発明の訂正明細書にはスピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマの製造方法が明らかにされておらず、それらが赤色系錦鯉等に対して色揚げ効果を奏することも実証されていないから、本件発明は実施不能であると主張する。しかしながら、前掲甲第七号証の二によれば、本件発明の訂正明細書には、本件発明において使用するスピルリナは培養液に植種して培養したのち凍結乾燥して製造することが記載されていることが認められ(第二頁右欄第三〇行ないし第三頁左欄第二一行)、右製法が実施不可能であると認めるに足りる証拠はない。また、同号証の二によれば、本件発明の訂正明細書には、その実施例1ないし4として実施結果が詳細に説明され、スピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマが赤色系錦鯉等に対して色揚げ効果を奏することが記載されていることが認められるのであって、(第三頁左欄第二三行ないし第五頁左欄第一五行。ただし、第5表より下欄)、右実験結果を否定するに足りる証拠もないから、原告の右主張は失当である。

以上のとおりであるから、原告主張の無効事由〈1〉は理由がない。

本件特許特許は前記原判決の摘示中に示される如く自然法則の実現に外ならない。然もその特許請求の範囲悉くが自然法則の実現に終始している。原判決が指摘している錦鯉及び金魚のみに限定していることは本件特許が自然法則の実現から免れるものではない。飼料との関係に於て顕色効果があるという生物たる錦鯉、金魚の肉体は自然法則の実現に過ぎないことを明確にしているものである。ここに上告人が自然法則というは自然の本来性であり、かつ、地球の領分に限局された、ないし、地球に支配された対象であることをいうものである。スピルリナマキシマ、または、スピルリナプラテンシス、あるいは、それ等両者を加えた対象は自然法則そのものであり、錦鯉、金魚、また、然り。そして前者、即ち右スピルリナマキシマ等の対象と後者、即ち、錦鯉等との関係性により顕色効果を発現することも自然法則それ自体たるものである。更に給餌というも給飼行為そのもので右自然法則を発現するものではなく、後者が前者の相当量を実際にそしゃくし嚥下して始めて右色顕色果を発現するものであるが(それが確定的に可能なりや否やを別として本件特許の特許請求の範囲に於ける表見的理論はこれであるに過ぎない。)右給飼行為そのものは人為的手法であるが、自然法則の発見、ないし、その確立に人間の意識、認識等が介入されたからといってそれは合目的性と価値(価値の内容は自覚である。)と妥当性とを異別にする右手法たるに過ぎず、それは自然法則の存否を追求する存在論、形成論に終始し、思想を論議する目的論、行為論とは別個のものである。故に本件特許の内容は科学である。原判決が本件特許を目して「技術的思想」なりと断ずる特許法第二条規定の「技術的思想」は人間の精神現象が自由な意欲、意思として介入することを要し、また、創作というためには対象なき対象を発生させることを必要とし、それは右述し地球の領分に限局、ないし、支配されていないことは明瞭である。つまり、右精神現象は論理の無限大なる状態に於て(無の状態)を追求する論理であり、然も右精神現象を実在実存とし、理化学、工学的対象は仮象とするものであって、該規定に思想とは、即ち、ギリシャ哲学に於ける唯心論、及び唯物論たるに外ならず、理化学、ないし、科学、及び、工学は右思想とは別段の体系をなしているものであって、思想の如く歴史的、即ち、変化的、偶然的(ここに偶然とは反対の事実があっても矛盾をしていないことである。)の内容をなしているが、右理化学、ないし、科学及び、工学はかかる歴史的内容全くなし。逆に変化的、偶然的な内容は右科学、理化学、工学の全く回避しなければならないところである。換言すれば、変化的、偶然的であっては右科学、理化学、工学は成立しないことである。その他思想は精神現象であるから特許法第二条に「自然法則を利用した…」というも自然法則の本来性の観念を合目的性と価値、即ち、発展的、主体的(自覚的・行為的)に自己を追求しなければ(穿たなければ)ならないが右科学、理化学、工学は発展的、主体的に自己を追求しては地球の領分に属し、地球に支配された対象にはならない。更に、思想は自然法則の本来性を追求するに妥当性(その内容は理性)を必要とするが右科学、理化学、工学は妥当性によって左右されることなし。右精神現象は感覚的世界に実現例を有さなければ空想に失するが(一例として人間に未知な星の生活型式を工夫するも単なる空想に堕しているが如し。)特許法上に於ける実施例もこの法律観念に帰属し特許請求の範囲の全くの実施例に過ぎず、そして特許請求の範囲はこの実現例中に内在するが、右科学、理科学、工学はかかる論理を全く抱有するとなし。更に右精神現象に於て広く生を追求するものが(例えば生存、生活の外芸術、宗教をも追求するが如し。)思想である。そして特許法第二条が規定する技術的思想とは技術的、即ち、道具、及び、これを現実に感覚的世界に露呈する手段、手法たるに外ならない。右精神現象は科学、理化学、工学の如き状態で発生することなく、実践的事実として右精神現象に特有な状態で発生し、例えば矛盾の自己同一的な統一的論理の発生が成立するが、右科学、理化学、工学には係る理論が生ずることなし。そればかりでなく、特許法第二条に於ける自然法則の利用とは単に使用することではなく、右合目的性と価値と妥当性、換言すれば、事実真理としてこれに転換する等なして別段の右精神現象を発生させるものであって、この事実真理が内在することなくして科学、理化学、工学が技術的思想に転換される謂われ全くなし。かくの如きは論理の矛盾極まれりというを得る。この矛盾を回避するために右精神現象の実在と右「無」の観念が有意味なりというを得るものである。即ち、思想を内在せずして思想が生ずることなし。故にH2とOとを結合させて水を発現させても全く思想、ないし、技術的思想なし。然るに原判決は右思想の理論(思想は世界的に定立された論理である。)を無視して本件特許を「自然法則を利用した技術的思想の創作といい得る要素が含まれており、しかも右技術的思想が産業上利用できるものであることは明かであるから、」と判断しているがかくの如きは右技術的思想の理論を全く無視、没却しているものである。そして原判決の判断を示す「産業上利用できるもので」あっても特許法第一条の「産業の発達」に寄與」とは技術的思想として産業の発達に寄與することをいうものであるからこの条文に即した判断に非ざることは明確である。

よって原判決は民事訴訟法第三九四条に規定する判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある。かつ、その断ずる論理は悉く理由に齟齬があり同法第三九五条第六号に該当するものである。

二上告理由第二点とするところは原判決は「理由二3無効事由〈2〉について」となし、次の判断を示している。

「3無効事由〈2〉について

原告は、仮に本件発明が発明として成立しているとしても、本件発明はその特許出願前に公知あるいは公用のものであったと主張する。もっとも、右主張に副う具体的事実として原告が主張するのは、本件発明の特許出願前に開催された「錦鯉用飼料としての〃クロレラ〃の研究・・・及び実験中間発表会・・・報告」と題する文書に記載されている発表会においてスピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマの色揚げ効果が論じられたはずであるとの事実のみである。

しかしながら、前掲甲第七号証の二の第五頁左欄第一七行(ただし、第5表より下欄)ないし第六頁右欄末行によれば、緑藻類に属するクロレラは、藍藻類に属するスピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマとは藻類として別異なるものであるこが明らかであるから、クロレラの研究に関する発表会において当然スピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマを錦鯉あるいは金魚の飼料とすることが論じられたと推測する余地はない。ちなみに、原告が援用する甲第三号証(日本水産学会大会の「講演要旨集」)は、その会期の日付けの記載から、本件発明の特許出願後の昭和四八年一〇月ころ頒布されたことが明らかである上、その第一二八頁第三八行及び第四〇行に、本藻類」(すなわち、スピルリナ類)が、クルマエビ型の水産動物(同頁第一六行ないし第一八行によれば、クルマエビ、イセエビ、ガザミ、アミ、アカエビ、ウチワエビ等の甲殻類である。)おけるaslaxanthinの生合成の前段物資としては有意識であり、第二次的に右甲殻類をマダイ型の水産動物(同頁一九行ないし第二一行によれば、マダイ、チダイ、キンメダイ、アマダイ、アカハナ等の魚類である。)の飼料とすることも極めて有意義であることが記載されているのに、スピルリナをヒゴイ型の水産動物(同頁第二二行及び第二三行によれば、ヒゴイ、ニシキゴイ、キンギョ、ベニフナ、黄金コイ等の魚類である。)の飼料とすることは全く記載されていないのであるから、これによって本件発明がその特許出願前に公知のものであったと推測することは到底できない。

なお、原告は、本件発明がその特許出願前に公然実施をされていたとの点については何ら具体的事実を特定して主張していないから、本件発明が特許法第二九条第一項第二号に該当するとの主張は、それ自体失当というべきである。

以上のとおりであるから、原告主張の無効事由〈2〉も理由がない

原判決は「スピルリナをヒゴイ型の水産動物(同頁第二二行及び第二三行によれば、ヒゴイ、ニシキゴイ、キンギョ、ベニフナ、黄金コイ等の魚類である。)の飼料とすることは全く、記載されていないのであるから、これによって本件発明がその特許出願に公知のものであったと推測することは到底できない」との判断を示しているが、同所には「ヒゴイ型、ベーターカロチンはアスタキサンチンの前駆動質ではない。アルファドロデキサンチンエステルを含み、ルチン又はツエアキサンチンに代謝する。ヒゴイ、ニシキゴイ、キンギョ、ベニブナ、黄金コイはこれに属す。」と甲第三号証の証拠「五二五」の表示の部に記載されて居り、同証拠「五二六」の表示のある部には「スピルリナのカロチノイドとして、アルファーカロチン、ベーターカロチン、エチン、ベータークリプトキサンチン、ルチン、ツエアキサンチン、ネオキサンチンの存在を確認した。」と記載されているから、証拠を単に受動的に受止めて読了するに止まらず能動的に推論、推理、理性に徴して追求すればスピルリナは右ヒゴイ、ニシキゴイ、キンギョ、ベニブナ、黄金コイには有意義性がないか、乏しいことが必然的に求められるのみならず、証人の証言と相俟ってスピルリナプラテンシス又はスピルリナマキシマ、あるいは、それ等両者を混合して錦鯉、金魚に給餌する本件特許がその出願前公知であったことの判断対象が明確になるものである。甲第三号証自体が本件特許の出願前公知であったか、否かは問うところではない。これに対し原判決は「これによって本件発明がその特許出願前に公知のものであったと推測することは到底できない。」と判断しているが、かくの如きは理由に齟齬があり民事訴訟法第三九五条第六号に該当するものである。

三上告理由第三点として原判決は右上告理由第一点に於ける判断として「なお、原告は、本件発明の訂正明細書にはスピルリナプラテンシスあるいはスピルリナマキシマの製造方法が明らかにされて居らず、それらが赤色系錦鯉等に対して色揚げ効果を奏することも実証されていないから本件発明は実施不能であると主張する。」から「3無効事由〈2〉について」の前までに於ける判断に於て原告の右主張は失当であると断じているが、原判決は右スピルリナ藻に付いて専門的判断をするには余りにも知識が乏しい論断を表示して居り、それは判決に重大な影響を招来しているものがあること勿論であり、原判決の理由はとんちんかんであって、それは理由が齟齬に落入っているものに外ならず、民事訴訟法第三九五条第六号に該当するものである。

四上告理由第四点として原告は本件特許は観賞目的のものであるから特許法第二条の規定に於ける技術的思想に該当していないと主張しているが、原判決はこれを無視して判断を全く示していない。これは、即ち、判決に重大な影響のある法令違背を犯しているものであって、民事訴訟法第三九四条に該当するものである。

五上告理由第五点として、原告は特許庁が原告に対し第二回の答弁書を送付することなく、よって原告はこの第二回の答弁書を知るに由なかった。これは特許注第一三四条に違背し、然も原審決に重大な影響のある答弁書なりと主張し、かつ、証拠を提出しているが原判決は判断を全く示していない。故に民事訴訟法第三九五条に該当するものである。

以上

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